☆彡山陰旅行記 その2

 2025年10月15日

  朝寝坊の私たち夫婦には珍しく7時に起きて朝ごはんの後、美保神社の朝の神事(神主さんの祝詞、御神楽、太鼓、舞など)見学。厳かな雰囲気に感動。美保神社は楽器の神様でもあるそうだ。

 その後、青石畳の路地を歩いて昨日の演奏会でも演奏していただいた先生のご自宅、太鼓醤油店さんで甘露しょうゆ「みほ太鼓」を購入。数種類のしょうゆアイスもあり、アイスクリーム好きの主人には絶対外せないところ。主人はしょうゆごま味、私はストレートのしょうゆ味を購入。港にある赤い太鼓橋のところで海を見ながら食べる。ミルク味と醤油味が絶妙にマッチして最高。

 

 いつまでも見ていたい昔ながらの街・美保関に別れを告げ帰阪の中継地である津山へ。

  津山城のすぐそばにある「つやま自然のふしぎ館」見学。貝から昆虫、世界の珍しい動物まで、ものすごい数の標本や剥製に圧倒されっぱなし。クマにやられた人間の腕とか胎児のホルマリン漬け、初代館長の遺言で作られたという館長の内臓のホルマリン漬けもあった。

 何万点もの資料を収集し、状態よく保存し、展示することを60年以上も続けてこられている、ほとんど執念のようなものに触れることができた驚き。古い博物館だけに、展示物に添えられている説明板や館内の調度品など、昭和を思い起こさせる雰囲気もすごくよかった。

 少し残念だったのは、剥製のほとんどすべてがガラスケースに収められていたこと。展示の仕方、演出においてはきしわだ自然資料館の方がインパクトがあったと思う。

 

 館を出て、津山到着時にチェックしていたフランス菓子のお店へ。ケーキセットを注文して待っていると、賑やかそうなマダムがコーヒーを運んで来つつパニクッているではないか。

「あ…あ…間違えたかも。コーヒー2杯なのに3杯分の粉で出してしまったかも」

と騒いでいる。「今、運んでくる時に色が濃いからおかしいなって思ったんです」とのこと。「お湯で薄めましょうか」とマダムが言うので、そういう問題なのかと疑問に思いつつ「いいえ、大丈夫ですよ」と答えた。「あの…ミルクとか2つ使って下さい」とマダム。ありがたく2つフレッシュを入れた。

「ちょっと濃いけど大丈夫やよね~」とか言いながら飲んでいると、やっぱり納得いかなかったらしいマダムがなんと水差しを持ってきて「大丈夫ですっ」と慌てる私たちに構わず、強引にドボドボとお湯を継ぎ足した。しかも適当な量! 目が点になるとはまさにこのこと。もう2人とも笑いをこらえるのに必死。ちなみに、お湯で薄めたコーヒーもケーキもすごく美味しかったのだ。

 さてお会計。マダムは「コーヒー代は結構です、いただけません」とのことでケーキ代だけをお支払い。

 帰阪後に調べてみると、なんとあのお店はマダムご夫妻とお嬢さん(マダムと一緒にお店にいた)3人で営んでこられた老舗店で、すでに故人となられたご主人は東京の南青山にも出店していたことがある超有名パティシエだったらしい。しかも3人とも渡仏して本場のフランス菓子作りを学んだ経歴あり。こんなことならケーキ2つずつくらい食べたらよかった。しかもベーシックなチーズケーキとか食べてみたかったなあ~。

 驚きはそれだけではない。どうやらマダムご一家は私が大好きな超有名画家のご親族であるとの情報もネット上に出てきて、真偽は不明なれど私も今プチパニック状態なんです。      

        (旅行記終わり)

※右下の写真は水木しげるロードにあった「妖怪 三味長老」

 顔が三味線で手に撥も持っています。

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コメント: 12
  • #1

    kirokuya (水曜日, 22 10月 2025 14:57)

    岩井窯さんでのライブ、福間館さんでのミニ演奏会、共に盛況でなによりでした。お疲れさまでした。

    今作の旅行記もその場その場の情景、土地土地の光景、またクスッと笑えるおとぼけエピソードなどが程よく散りばめられていて、心地よくあと追いできました。ありがうございます!

    一番興味そそられたのは、妖怪 三味長老ですかな。顔が三味線って…怖すぎでしょ!未知の妖怪でした。怪異譚はけっこう好きで、妖怪もの、怪談、心霊現象、いろいろ知ってるつもりでも、まだまだ居はるんやなぁ…

    奇しくも今、朝ドラ *ばけばけ が進行してますが、この物語は(松江)の小泉八雲夫妻、(境港)は水木しげる。雪女、芳一、鬼太郎、猫娘、さらに出雲には神さんが集まりはるし…。皆さん一堂に会するところをみると、やはり山陰は霊力が高く強い土地柄なのでしょうな?

  • #2

    雛澪 (水曜日, 22 10月 2025 15:36)

    顔が三味線…皮が破れたら張り替えるのが大変そうですね!
    山陰、特に島根は好きで何回か行ってます。確かに霊力かんれんの

  • #3

    雛澪 (水曜日, 22 10月 2025 15:48)

    山陰は心霊に関する話題が多いですね。失礼を承知で言えば、交通網や情報網の発達していなかった時代には、中国山地を壁とした裏日本。中央からみれば太平洋側と比べてわからないことも多く、またそれゆえ独自の生活が営まれ様々な風習や哲学が生まれたのではないでしょうか。
    山陰の神秘性はそういうところに発祥するのかなという気がします。

  • #4

    kirokuya (水曜日, 22 10月 2025 19:09)

    つやま自然のふしぎ館さんはかなり猟奇的ですね。初代館長の内臓のホルマリン漬けって、かなりのお値打ちですなぁ…(´ー`).。*・゚゚
    そういえば津山、あの(八つ墓村)らの辺り?戦国時代、毛利にやられて敗走してる尼子の残党8人が村人に惨〇されて、末代まで祟って、何十人かの〇人事件に繋がる小説。こちらもかなり猟奇的やなぁ。

  • #5

    雛澪 (水曜日, 22 10月 2025 21:03)

    津山は「八つ墓村」の舞台なんですか!
    横溝正史シリーズは子供の頃テレビで見てました。あの頃は怖かったけど、なんとなく情緒的な作品が多いですよね。
    また改めて見てみよう。

  • #6

    kirokuya (木曜日, 23 10月 2025 03:52)

    山陰地方は好きです。健脚な頃、出雲、松江、江津、水木しげるロードのない頃の境港、米子、倉吉、萩、岡山県になりますが、たしか津山にも旅しました。県民性をひとくくりにするとたいへん失礼なのでしょうが、どの土地の方々もとてもあたたかかったのを思い出します。ゴシナレ、ダラズなどの言葉にも馴染みやすかったし、コロッケといって出されたものが魚のすり身のフライだったり、早朝収穫の巨峰のなんと旨かったりだとか…石見神楽と安来節の実演をまだ観ずにいるのは残念。記憶の切り抜きが巡ります。

  • #7

    kirokuya (木曜日, 23 10月 2025 04:14)

    訂正
    津山→津和野

  • #8

    kirokuya (木曜日, 23 10月 2025 15:11)

    柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺

    ア~ア!松山市民を敵にまわしてしまいましたね(*´Д`)読者のなかに居らっしゃらないことを祈りますww

    わたしの感想は……
    ウ~ン?やめとこww

    ブラックkirokuya:ww 使いたいだけちゃいまんのか。

  • #9

    雛澪 (木曜日, 23 10月 2025 22:09)

    >>松山市民を敵にまわしてしまいましたね

    それ怖いやん。言い訳に、子規の短歌
    「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」
    は好きです。

    今回初めて知ったことですが、子規の名誉回復のために書いておきますと
    「柿くへば…」は、療養生活の世話や奈良旅行を工面してくれた漱石作
    「鐘つけば 銀杏ちるなり建長寺」の句への返礼の句である。
    とのことです(ウイキペディアより)

    そうだとわかれば、うまいって感じもします。

  • #10

    雛澪 (木曜日, 23 10月 2025 22:12)

    追記
    でも、教科書などには漱石・子規両方の句をセットで、しかも作句の
    いきさつもあわせて載せるべきじゃないかと思いました。

  • #11

    kirokuya (金曜日, 24 10月 2025 02:54)

    へえ~っ!相聞歌、アンサーソングの類だっんですね。それを知って読むと、親友同士の遊び心、文学の同志としてのライバル心も感じられます。ぶ

  • #12

    kirokuya (金曜日, 24 10月 2025 03:00)

    文学の巨星が二人、松山で明治の同時代に並んでいたのは感慨深いです。