文楽劇場の資料室で太棹三味線などの展示を観ていた時。「私、三味線はどうしても好きになれなくて」と声がする。70代前半と覚しきおばさま二人連れ。1人は文楽を見慣れている感じだが、連れて来られた感じのもう1人が熱弁を振るっているのだ。
三味線に猫や犬の皮を使っているのが気に入らないらしく「三味線は好きになれなくて」を4回くらい繰り返している。連れのおばさまは困った様子で「あぁ……」とか適当に合わせている。
私はまだ経験がないが、三味線をやっているとたまにこのような苦情をいただくそうだ。しかし蛇や馬の皮ならよいのか? 人間の都合で決めた愛玩動物はダメで、害獣なら使ってよいのか? そもそもあのおばさまはハンバーグもステーキも食べないのか?
文楽劇場に来場してのその発言は、技芸員さんや他の観客に対して失礼ではないのか? 声高に主張するおばさまの流儀に従えば、人間が何百年もかけて築いてきた文化・芸術・技術などを全否定することにもつながりかねない。
三味線をしている人で犬や猫を飼っている人は山ほどいるし、私も動物は大好きだ。芸術より命の方が大切なことは当たり前だが、だからといって短絡的な考えで発言したり行動したりすることは、ゴッホの絵にスープをかけることや他国の食文化を批判し攻撃することと変わらない。そこには自分が正しいと信じて疑わない主張だけがあり、他者に対する敬意というものがないのだ。
社会もしくは自分の中に満ちている矛盾を容認できるのが本当の大人だという考え方がある。またあれほど「不要不急」といわれた芸能・芸術こそが、最後に人間を救うものなのだということに、私はあのコロナ禍を経て改めて気づかされたものだ。
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kirokuya (土曜日, 18 4月 2026 04:33)
①霞を食べる仙人ならいざ知らず、私ども人間は動植物の命をいただいて生きている。その動植物も他の動植物の命を消費消化して生きている。たまたま人間が、その生態系の上位にいるに過ぎない。
②三味線弾きさんには僭越ながら、犬猫また蛇の皮を消費して、音として消化させ、聴衆に届ける。その音色が皮達への供養のように思える。
③国によりさまざまな食文化があり、国柄のものをいただけばよいだけの話。>>他国の食文化を批判し攻撃する>>ことに何の意味もない。例えば、鯨食を糾弾する国があるが、笑止千万!(有り難く)命いただいてきた日本の偉大なる食文化であるぞ。
④個人的には鯨嫌いです。昭和な昔、小学校の給食で出された(鯨の竜田揚げ)には苦しんだ。なんでも食べや、残さんと食べやの時代、無理矢理食べさせようとする担任が居った。今、おでん屋でのコロ(脂身)やらサエズり(舌)。絶対無理!また、鯨のベーコンなんてのもあって、普通にそこらで売っとった。筆者さん、ギリご存じなのでは?
推敲
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kirokuya (土曜日, 18 4月 2026 04:57)
追記
雑草という名の植物はないように、害獣という動物も、私の中に居ません。熊、猪、ネズミ、マムシ…みんな生まれてそこに居る。但し、蝿、蚊、ゴキは見つけたら、スリッパの裏、手のひら、スプレー、あらゆる方法で瞬殺します。
雛澪 (土曜日, 18 4月 2026 14:42)
ご察しの通り、コロ・さえずり・鯨のベーコン私も無理です。しかし鯨肉は他の肉と比べてカスカスなので、小学校時代に肉全般がダメだった私と早苗ちゃんにとって、鯨の竜田揚げはミンチとともに数少ない食べられる肉でした。
無理やり食べさせられる給食はイヤでしたが、なんとか先生の目をごまかして残す、いやたぶん実際にはごまかせてないと思いますが、悪知恵を働かせるきっかけになり、それはサバイバル術の1つでもあると思います。
昨今の「なんでもかんでもゆとり教育」「頑張らなくていいよ、マイペースが一番大事教育」「悪いことさえ個性と認めましょう教育」では、子供のたくましく生きる力を引き出せないと思います。昭和の小学校の方がよかったです。
kirokuya (土曜日, 18 4月 2026 16:09)
ええ~っ、竜田揚げ食べられたのですか!?勇敢な少女だったのですね。純朴な少年だった僕は、エズキながら担任に服従してました。
>>子供のたくましく生きるを…>>
120%同感です。実写ドラマ*少年ケニアですでに山川惣治さん、昭和30年台に警鐘されてます。興味のある方は検索されたし。
余談:
ほんまもんの人間*国宝、坂田藤十郎さんを垣間見ました。
シネマ歌舞伎*曽根崎心中、こちらも、興味のある方はご高覧あれ。
天満屋お初の役、昭和28年から演じていらっしゃるそうな!
ブラックkirokuya:あんたの生まれた年やがな…
kirokuya:テヘッ(*^ー^)ノ♪