コロナ禍のため1年以上延期となっていた藤本流の昇格試験に行ってきました。今回師匠に連れて行っていただくのは姉妹弟子と私の5名。朝早くから新幹線に乗り込み東京へ。
初めて訪れる民謡藤本流の本部は、ビルの5階6階の2フロア。事務所のある5階で受付を済ませ、6階に上がると入口の掲示板に本日のメニューならぬ本日の試験曲が貼りだされています。試験曲は2曲。先代家元(初代)が作曲された長編曲『民謡ひなぶり三番叟』は毎回決まっていて、あとは民謡(端唄専攻の会員は端唄)2曲の課題曲のうち1曲が選ばれますが、当日本部に行ってみないとどちらが試験曲になるかわからないので、受験前には2曲とも特訓しています。今回は『熊本県民謡 キンキラキン』でした。当然すべて暗譜で弾き唄いです。
6階は廊下も部屋もすべて畳敷きになっていて、清潔感のある旅館のような落ち着いた明るい雰囲気です。片側に応接セットのある広めのスペース、細い廊下をはさんで反対側は本部の先生方それぞれの個室が並んでおり、私たちが試験を受ける大きめの和室もあります。
通常であれば3人くらいの受験生が師匠と共に入室し、順番に演奏したあと家元の講評をいただきます。人数によっては知らない一門の人と同時の受験ということもあるようで、それはそれで大変勉強になると思うし経験してみたい気持ちもありましたが、私たちは5人同時受験だったのでうちの一門だけでした。しかも「密を避けるため」ということで、1人ずつ順番に試験会場に入ります。
師範の昇格試験ということで、それなりのレベルの会員ばかりではありますが、やはり実技試験となると緊張は大変なもので、みんな落ち着きなく控室内を歩き回って壁に飾られている家元襲名披露公演の写真や先代家元の写真を見たり、試験をしている部屋の前で聴き耳を立てたりしています。そして試験を終えた人が出てくるたびに「どうやった?」「何言われた?」とか聞いて少しでも情報を得ようとしています。私は「痛かった?」と戻ってくる生徒にみんなが口々に訪ねていた小学校での予防接種を思い出しました。そういえば、応接セットに青い顔で座って順番を待っている人たちと、和室のドアの所から名前を呼ばれて入っていく人を見ていると、まるで病院の外来待合で診察の順番を待っている人々のようでちょっとおかしかったです。
ついに私の番です。試験官は家元と若い男の先生のお2人。少し離れたところで師匠が立ち会ってくださっています。まるで授業参観に来てくれたお母さんのようです。よろしくお願いいたしますと挨拶をして調子笛を吹き調弦をします。この直後、やらかしてしまいました。
三味線には「さわり」という仕組みがあり、調弦の際にねじのようなものを回して上げ下げすることで三味線特有の「びよよよ~ん」という余韻をつけることができるのですが、緊張していたりするとこの「さわり」がなかなかうまくつけられません。ちょうどいいところを通り越してねじを過剰に回し過ぎているのに、さわりがついていないからもっとねじを巻かなくちゃと思ってしまい、ドツボにはまることが多々あります。そしてこの時もそうでした。見かねた家元が「少し左に回して下さい」とか助け舟を出して下さっているのに「えっ、ひ……左ってどっち? 左って右のこと?!」とますますパニックになる私。見守っている師匠はドッと冷や汗。家元が「山田さん、山田さん(私の本名)」と呼び掛けているのに三味線を必死でさわっている(サワリだけに)私は気づきません。図らずも、お家元を無視してしまうという恐ろしい展開に。
ようやく呼びかけに気づいて家元を見ると「そうじゃない、こう回して下さい」と体をねじ曲げるくらいの大きなジェスチャーで示して下さっていて、申し訳ないやら恥ずかしいやら。始まる前に三味線の調子を見て下さっていた師匠にも申し訳なく「あ~あとできっと怒られる」と思いつつもなんとかさわりをつけることができ、演奏を始めました。撥を下ろした第一音がとてもキレイに鳴ってくれたのでほっとして、予想していたよりも三味線・唄ともによい演奏ができました。
師匠には受験予定日の1年前から別コマでの特訓をしていただき、いよいよ東京だと思っていた矢先に試験日無期延期、いつ受験できるのかという不安もありましたが、結局2年近くの特訓を受けさせていただき、大変勉強させていただきましたし、2年間の努力がうまく発揮できたこともとてもうれしかったです。家元や若先生、本部の雰囲気も力を貸してくれたのだと思います。
5人全員の試験が終わって後は結果を待つばかり。みんなほっとして晴れやかな表情です。私も「これで不合格だったら仕方ないや。また1年勉強すればいい」という心境に達していました。しばらくして師匠が家元に呼ばれます。全員合格でした。試験曲の譜面でよくなかったところに赤を入れられたものと、全体的な注意点を書いた成績表を各自もらいます。演奏がまあまあだったためかさわりのことは師匠に怒られませんでした。
試験の待合室となっていた応接室にはとても大きな神棚があります。芸事をする人は神様を大切にすることが多いのです。全員合格となって師匠が帰り際に「お参りしとくわ」と言って神棚に手を合わせました。私たちもそれに習います。でも私はちょっと心の中で思いました「えっ師匠、お参りって……今?」
晴れて昇格試験に合格し、今までの「教えることができる」だけではなくいろいろとできることが広がりました。一般的な会員が目指す資格としては最高位でもあります(うちの師匠のようなすごい方にはもっと上の位が用意されており、師匠は藤本流の一番上の位を持っておられます)
しかし、これはゴールではなく、長い長い芸の道でやっと一合目。昇格という具体的な目標を達成した今は「自分の芸を高めていく」「三味線・民謡という芸を守り広めていく」という終わりのない目標を抱いて、今までよりもより精進していくことを心に誓っています。
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マリコ (土曜日, 03 7月 2021 21:15)
ミユキさん^ ^�
昇格おめでとう㊗️ございます^ ^
大変な緊張感でしたね(・_・;
お察し申し上げます�
とにかく、お疲れ様でございます。大変な努力と根性、、見習いたいです�
雛澪 (土曜日, 03 7月 2021 23:49)
マリコさん、ありがとうございます。
元来不器用な私は努力するしか道がないのですが、このブログでも紹介した
「必殺!修行シート」を利用するようになってからは日々の練習時間が倍増しました。
それまでいかに「練習したつもり」になっていたかがよくわかりました。
かんちゃん (日曜日, 04 7月 2021 07:07)
試験の緊張感が伝わってきました。合格おめでとうございます!試験を受ける時はみんな子供に帰るのかな。
雛澪 (月曜日, 05 7月 2021 23:40)
かんちゃん、ありがとうございます。めちゃめちゃ緊張しましたが、
私、実は試験は結構好きなのです。
春 (土曜日, 10 6月 2023 10:16)
次回の昇進試験予定は
雛澪 (月曜日, 12 6月 2023 23:29)
春さん、今のところこの試験で終わりなんです。