☆彡あれからニシンはどこへいったやら

 遅ればせながら、なかにし礼さんの『兄弟』を読んだ。身内という呪縛、言い換えればマインドコントロール。平気で嘘をつく人間、平気で人を振り回す人間は他人をマインドコントロールするのと同時に自分自身をもマインドコントロールできる。ある時は有能な活動家であり、ある時は正義の実現者であり、またある時は悲劇の主人公でもありうる。その騙し方はほとんど芸術的でさえある。自分自身をも騙せていないと(少しでも良心が残っていると)人に対して行っている悪事に関してとても平静ではいられないはずだ。

 この小説のテーマについては各論あるとして、私はこの小説を読んでびっくりした。30年以上も前に初めて北海道の増毛(ましけ)を訪ねた。たびたび北海道旅行をしている人でも行ったことがないという港町。となりの雄冬とは、ほんの40年ほど前まで船でしか行き来できなかった。今でこそ観光にも力を入れているが、私が初めて増毛を訪ねた時は本当に何もなかった。それまで聞いたこともなかったようなこの街をなぜ訪ねる気になったのか。北海道を1か月くらいあちこち旅していて、単に安いユースホステルがあったのと他の地域に行く途中で一泊するのにちょうどいい距離感だったから。

 当時は留萌本線の終着駅が増毛だった。コンテナを置いただけに近い無人駅をいくつも過ぎ、海沿いすれすれを走る車窓の風景に酔いしれた。増毛駅で降り、ユースホステルまではたしか1キロくらい歩いた。泊まったユースは一般客が私だけ。あとは男子高校生の合宿だったみたいで騒がしく、ランドリーを利用するのも気を遣った。公営のユースだから安いかわりに建物も食事も特筆すべきところがなく、ただ寝ただけ。でもなぜかこの寂しい田舎町に私は魅了されてしまったのだ。

 その後、自転車で北海道を回った時はもちろんことあるごとに増毛を訪ね、もうユースホステルはなくなってしまったがなじみの宿屋もできた。その『ぼちぼちいこか増毛館』さんには一人旅でも泊まり、主人とも泊まった。ちなみにぼちぼちは大阪出身のオーナーが経営されていて、食事はおいしくて安いし、気が向けば食事後にギターを弾いてくれて泊まり合わせた旅人同士の交流もある。私も三味線を弾き唄いさせてもらった。奥さんの運営するカフェも併設していてとてもくつろげるお宿である!

 私がなぜこれほどまでに増毛に惹かれるのか、増毛や小樽、江差などかつてニシン漁に沸いた街々に惹かれ、ニシン漁衰退後にさびれてしまった街の歴史を知るにつけ自分の故郷でもないのに心臓が締め付けられるかと思うほど苦しくなるのか、なんだかこの小説を読んだことですべてがつながったような気がして私はびっくりしたのだ。

 まだ小学生だった私が北原ミレイさんの『石狩挽歌』をなぜか気に入り、今や私のカラオケの十八番となっていること、三味線を習いだしてから『長崎ぶらぶら節』を知り、憧れの花月にも行ったこと、すべて偶然の一致だが、偶然に見えてその実、天の配剤としか私には思えないのだ。

 

 先日の新聞記事によると、北海道にニシンが戻りつつあるらしい。『兄弟』にもたびたび出てくる「群来(くき)」というニシンの大群にまつわる現象が2020年以降毎年観察されている。稚魚の放流や漁業者の漁に関する努力の成果が表れつつあるようだ。北海道にニシンが戻るのに比例して寂しかった港に人々が戻り再びの賑わいが見られるなら、他所者ながら私にとってこれほどうれしいことはない。天国のなかにし礼さんにもぜひ今の北海道を見守っていてほしいものだ。

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コメント: 5
  • #1

    kirokuya (日曜日, 28 5月 2023 20:15)

    増毛愛がほとばしってました。
    ありがとうございます。
    主題は、なかにし礼さんなのでしょうが、礼さんぶっ飛んでました。礼さんの小説は朝ドラになった てるてる家族 しか読んでません。石原さとみさん主演。舞台は池田市。時折ミュージカル要素が散りばめられてて、私のなかでは朝ドラ、トップ3にランクインするのですが、残念ながら低視聴率で、再放送はされてません。 

    石狩晩歌 懸案どおり、存命中には競演いたしたく!

    打ち上げのあと、相方との酔中記、御免ください。

  • #2

    雛澪 (日曜日, 28 5月 2023 23:57)

    kirokuyaさん、私の増毛愛はハンパないでしょう。
    JRが廃線になった日のニュース動画は今見ても泣けます。
    なかにし礼さんは「ご存命中にお会いしたかった有名人第二位」なんです。
    第一位はもちろんあの方、kirokuyaさんならわかって下さるでしょ!
    石狩挽歌、ぜひご一緒したいです。

  • #3

    kirokuya (月曜日, 29 5月 2023 05:14)

    ブログの冒頭 兄弟 の解説で、乱読期に読んだ トーマス・マン(独)の小説 詐欺師フェーエリクス・クルルの告白  を思い出しました。

    第一位はもちろん!葛飾生まれのあの方かなぁ‥?

  • #4

    雛澪 (月曜日, 29 5月 2023 10:09)

    ピンポ~ンでございます。
    帝釈天で産湯を使ったあの方……いや、それを演じた方です。
    芸や人間の生き方に関して厳しい方のようで、ちょっと怖い気もしますが。
    人間の生き方といえば、なかにし礼さんが小説の中で「天網恢恢疎にして漏らさず」
    を使っていました。
    私は文楽でこの言葉を覚えました。私も時にこの言葉に救われます。
    「天の網は目が粗いけれど、悪事は決して見逃さない」という意味かと思います。
    実体験に基づく小説で、礼さんが当時いかに追い詰められていたかということです。
    この言葉に期待せざるを得ない状況は辛いものですが、逆にそれは
    自分が人間として真っ当に、正直に生きていることの証でもあるのです。
    トーマス・マンもそういうことで苦しんだのかなあ。

  • #5

    kirokuya (月曜日, 29 5月 2023 15:27)

    このブログをお借りして‥
    高橋栄水さん演奏会、素晴らしかったです。主役の栄水さん、ゲストの栄香さん、栄月さん、栄水会の水辰さん、水山さん、そしてサプライズゲストの二代目須藤雲栄さん、それぞれの演者さんの熱と力を感じ、幸せな楽しい時間でした。皆様、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。皆様それぞれのnext one 楽しみにしております。

    蕎麦好きの雛澪さんへ‥
    打ち上げのあと、さらに締めで立ち寄った“そばよし天王寺店”さん、冷酒と板わさのあと、かやく蕎麦いただいたのですが、これが旨かった。
    スウィーツ情報は苦手ですが、飲み処情報はおまかせください。ほなまた‥