☆彡映画「こんにちは、母さん」

 91歳の山田洋次監督90作目「こんにちは、母さん」を観た。

 主人公の母が住む下町の店舗兼住宅。間取りや家を突き抜けた先の小さな庭、玄関から人が出ていく感じなどが、寅さんの実家である「くるまや(とらや)」をほうふつとさせ、ファンにはたまらない。中でも、家の二階へ上がっていく階段部分がくるまやと全く同じだ。主人公と娘が喧嘩をして、祖母が孫娘に「もう二階に上がってなさい」と優しく諭す。トントンと足音をたてて階段を上がる娘。職場の同僚でもある主人公の友人が抗議のため実家を訪れ、不穏な空気の中で主人公は彼を二階へと促す。そして物語の終盤、傷心の祖母から「明かりはつけないで、暗いままにしておいて」と頼まれ、男友達とのデートの準備のため二階へ上がっていく孫娘。

 私は気づいた。山田作品におけるこの階段は結界なのだ。そういえば寅次郎が失恋して寂しく旅に出る時、いつものトランクを下げて決まってこの階段から下りてきたではないか。マドンナから秋波を送られたにも関わらず、受け止めきれずに恋を終わらせてしまう寅次郎を諭す妹さくらも、この階段を小走りに駆け上がっていたではないか。

 この階段は、柴又の温かでにぎやかな人たちと、それとは対照的な旅回りの寅次郎の孤独を分かつもの、そして現実に生きる市井の人々の世界と、フーテンの寅という一種のおとぎ話の人生とを分かつものなのだ。結界によって分かたれた二者は交じり合うことがない。交じり合うことはないけれども互いを想い合うことは多分できるんだよというのが山田作品の核ではないかと私は考える。

 吉永小百合さん演じる母親の、ところどころおばあちゃんじみた演技はリアルで可愛らしかった。また、好きな男性に対して激しく心情を吐露してしまうところやその後の振る舞いが、リリーさんを思い出させてこれまたファンの醍醐味。北陸で寅さんの冗談に笑い転げていた歌子ちゃんも素敵な大人の女性になりましたね。

 吉永小百合さんの底力を見せられた映画だなあと感じた。大泉洋さん、寺尾聰さん、宮藤官九郎さんのそれぞれに寅次郎的要素が再現されていて、とくに大泉さんはセリフの言い方も寅さんを意識しているのかなと思う。それにしても、名優三人をもってしても太刀打ちできない車寅次郎(もしくは渥美清)という人は真の怪物だ。

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コメント: 4
  • #1

    kirokuya (木曜日, 14 9月 2023 02:34)

    姉さん観ましたか…
    病み上がりでまだ行けませんが、私もこの作品楽しみなんです。

    こんにちは、
    に至る母もの
    母べぇ
    母と暮らせば
    (おとうと)
    観かえしました。

    階段=結界の考察、なるほど!

    寅さん前夜の 馬鹿まるだしシリーズ のハナ肇さん、寅さん以降の おとうとの 鶴瓶さん また キネマの神様 の沢田研二さん など…世間から顰蹙をかう人間に対する 山田洋次さん の生きてるだけでエエんや、生きてるだけで価値があるんや…の視点は好きです。少々乱暴でもそこに優しさがあれば…品行と品性の違いを考えさせられます。

    ディアゴスティーニ寅さん50巻、予約しました。冊子共、昭和の風俗史、女優史として第一級の資料。のちの芸能者に活用していただければ…2年で全巻揃います。

  • #2

    kirokuya (木曜日, 14 9月 2023 03:44)

    大泉洋さん。

    なんかガチャガチャした役者の印象でしたが、先日 原田知世さん と共演してた しあわせのパン を観て一転、抑えた演技が光ってました。ベースの童話 月とマーニ も秀作でした。

  • #3

    雛澪 (金曜日, 15 9月 2023 14:10)

    kirokuyaさん、うわーホントですか! ディアゴスティーニ予約されましたか。
    私が持ってる全集は「講談社 アミューズメント出版部」発行のんですが、
    書店でディアゴスティーニ版の冊子を見て、冊子はディア版の方がよさそうだなと
    思っていたんです。
    よろしければまた冊子の貸し合いとかしませんか。
    品行と品性の違い……ホントそうですね。

  • #4

    kirokuya (金曜日, 15 9月 2023 17:00)

    冊子、50冊揃えてお貸しします。しばらくお待ちください。